2026年9月30日#343「私たちは生まれ変わる」

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このメルマガが届く頃には私はカトマンズにいる予定です。3年間で4回目のネパール。なぜこうもネパールに行くことになるのか? 自分のうっかりした性格と「基本的に断らない」性分もあるのでしょうが、それでも我ながら不思議です。ネパール話は帰国してから、書きますのでご期待ください。今回は東京で考えていたことを。

ここ3〜4年くらい、橙花のマイブームは「死」です。これ暗い話ではありませんよ。「死=終わり」という意味でなく「未来志向の死」についてお話ししてみたいと思います。

私が考えている「死」は時間的な瞬間のことです。ですから、それ以後とそれ以前を想定しています。「死前」と「死後」ですね。

「死前」って言葉はあるのでしょうか。ちょっと「死前」で検索してみたら、なんだか怖いことがたくさんヒットしてしまいました。これでは調べる気にもなれませんね。「死」がタブーとされているのはこの得体の知れない怖さが理由かもしれません。

さて「死前」とは死ぬまで生きることです。それまでをどう生きるか?

 数秘に携わって24年以上、橙花になって16年、おかげさまで沢山の方々の「生きる姿」に接して来ました。みなさんが教えてくれた多様な「生き方」は私の大切な財産になっています。たくさんの「生き方」がありました。

その「生きること」に関しての思いは拙著『自分を知る本〜SEX・婚活・結婚編〜』に書きました。あの本は「生きること」の本です。手前味噌ですが、「死前=生きること」に関してはあの本で書き切ったなと感じています。

そして「死後」。もちろん私には「死後」のことは分かりません。でも死ぬと母に会えるかも!  痛みや苦しみ・悩みから解放されるらしい!「あの世」に行ける!  と想像すると楽しみでしかありません。数秘には輪廻転生の概念があります。もちろんハッキリとは断定できませんが、私自身も生まれ変わったと考えるとしっくりくる事例に出会ってきました。

数秘の世界観では、人は生まれ変わるのです。

私も生まれ変わりを楽しみにしています。死後なんて存在するかも分からないことをあれこれ語るのはナンセンスだと言う人もいますが、私自身はそれで恐怖心が消えたり、希望が持てるのであれば良いではないかと思っています。私はロマンチストです。

実は私が「死前」と「死後」を意識するようになったのは、数秘に関わってからのことです。母を亡くして「死について知りたい」と思っていたこともあります。

24年前、数秘術というのは長年かけて培ってきた統計値だと思っていました。しかし 今ではそうは言えません。絶対にそれだけではない、何か不思議な真実がありそうです。説明がつかない符合がいっぱいあるのです。

たとえば数秘は遺伝します。誕生日はまちまちでも、計算してみると数秘の数字が同じという家族はとても多いのです。数秘が体質のように遺伝しているようです。鑑定時に生年月日を見ただけで「あら、お父さんとソックリ!」「姉はお母さん似で妹はお父さん似でしょ?」なんてことを言えたりします。顔貌や性格のように数秘も遺伝しているのです。

他にも、ゾロ目の数字がたくさん生まれる家系、運命的に出会った2人、などなどドラマティックな数字の奇跡を日々目の当たりにしています。たびたびそんな不思議なことを目の当たりにしていると、不思議なことの方が当たり前になってしまいます

人は偶然に「その日」に生まれるのではないらしい

私はもともと建築業界に長くいました。理由がハッキリしないことを受け入れるのはとても苦手です。しかし、こうも理屈では説明がつかないことに多く直面してくると「そういうもんだ」ということにしておこうかと思い始めました。

そして「不思議なことってあるんだよ」と思うようにしてみると、どんどん自分の世界が広がっていくのを感じました。生きること自体も楽になったり、 楽しくなってきたりします。

「死後」があると思えば、今がつらい人たちも救われるような気がします。それが合理的でなくても、ナンセンスに見えて

「死後はある。そして私たちは生まれ変わる」

で良いのではないかと思います。そうなれば、

今生はこの人生をなるべく楽しく生きていこう。
自分の人生が終わるまで、なるべく楽しんでみよう。
そして、次も楽しみにして生きてみよう。

私たちの人生は今や100年となりました。
長い長い時間を楽しく生きていくためにこそ数秘があると思うのです。
ではまた来週!

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