2023年9月27日 #187「自分を優先して欲しい〔2の人〕」

 急に東京に秋がやってきて戸惑っております。「寒い!」と目が覚めたのは何ヶ月ぶりでしょうか。夜が楽しみになって来ました。
さて、今週は「1つの数字」を書く週です。久しぶりに〔2の人〕について。

 あちこちで書いていますが、私の母は〔2の人〕でした。絶対数の少ない〔2の人〕なので、いちばん身近にいた人が〔2の人〕であったのは鑑定家としてラッキーだったと思っています。今回は〔2の人〕と一緒にいた人、〔2の人〕に育てられた人として書いてみたいと思います。私個人のエピソードなので、誰にでも当てはまるとは思いませんが。

 母は我慢の人でした。〔2の人〕らしく優しくおのれの欲望よりは周りの人を優先していたように思います。父親との不仲や暴力も「子どものためを思えば我慢してこの家族を維持することを選ぶしか方法はない」と考えていたようでした。
 彼女はすごく繊細で、ちょっとした刺激にも過敏に反応してしまうところがあり、緊張でドキドキしたり、しょっ中めまいや頭痛を感じていたようです。どこかが病気というのではない不調をいつも抱えていました。私の記憶の中の母はいつも寝ています。
 「とんでもなく感度の良いセンサーを持ちながら、それでキャッチしてしまった情報をなんとか無視して何事もなかったかのように生きていこうとする人」私からはそう見えました。

 大人になって母を亡くし、今思うのは、「私と母の関係は騙し合い」であったということです。子どもの頃から、いつも辛そうにしている病弱な母を「なんとか守らなくてはいけない」と考えていた私は、「自分にとって悪い話」「辛い思い」「悲しい気持ち」は伝えることができませんでした。特に体調が悪くなった時はいつも困りました。子ども心に「どうやってこの具合の悪さを誤魔化すか」「どうやったら母に知られずに回復できるのか」そんなことばかり考えていました。これ以上、母に心配はかけられなかったのです。
 しかし母のほうでは、それを敏感に察知していました。自分が必死に隠していた努力も〔2の人〕のセンサーには全く歯がたたないということです。病気以外は、母も私の悩みを気づいていながら表面化させずに、静かに過ぎ去るのを待っていたようでした。気づかないふりをしながら。

 今でも幼稚園の頃に発熱した夜のことを思い出します。当時、父母の寝室と私たち兄妹の寝室は別々になっていました。しかし、子どもが体調不良の時には母と同じ布団で寝ることになります。心配してくれてたんですよね。しかし、私は誰かと同じ布団で寝ることに慣れていない子どもでしたし、母と同じ布団に寝ることに「遠慮」がありました。自分の肩が布団からはみ出ているのに、掛け布団を自分の方に引き寄せることも、自分が母のほうに潜り込んでいくこともできず、暗い部屋で「肩が寒いな〜」と思っていたことを今でも鮮明に覚えています。すごく居心地の悪い夜でした。母は病気の私を思ってくれていたのでしょうが、決して幸せな記憶ではありません。

 私が〔2の人〕の子供であったからこそ、伝えられることではないかと思うのですが〔2の人〕は近くにいると、愛さずにはおれません。いつも思っていてくれること、大切にしてくれること、頼ってくれること、時に依存してくること、自分のために我慢してくれていること、どれも〔2の人〕の尊さです。

 しかし、〔2の人〕がもっと自分を優先していてくれたら良かったな〜とも思います。自分の好きな時に好きなことをやっているような人だったら、家族のことを顧みない瞬間がある人だったら、私はすごく気楽に生きて行けたのにな〜と思うのです。

 もっと気楽に、もっと呑気に、もっと言いたいことを言っちゃう〔2の人〕だったら、パーフェクトな人生なのではないかと思います。
 「誰かを愛し、献身するのは〔2の人〕の良さですが、自分を優先することが結果的には人を愛することにつながる」ということをお伝えできればなと思います。

 〔2の人〕のあなたへ
自分を優先するとあなたの愛するひとが安心して喜びますよ。
では、また来週!

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