2024年2月14日 #207「私たちに授けられた「希望」」

 こんにちは。お元気ですか?
なんだかもう春の気配がしている東京です。そちらはいかがですか?

 先日ベトナムのホーチミンに行って来ました。友人たちと観光です。実は25年ほど前にふらっと行ったことがあります。その時ののんびりとした雰囲気が好きだったのですが、当然のように大都会になっていました。ちょっと寂しいようなノスタルジックな気持ちになりました。でもベトナムは食べ物が美味しくて大好きです。

 さて月の2週目は「数秘の使い方」です。このところマイブームになっている大きなテーマを書いてみようかと思います。

 占いというのは何か困った時や不安な時、どっちか決められない時に頼るものだと思います。「どうしよう?」に対応するのが占いっていうイメージですね。数秘も同じだと考えていました。

 しかし、このところ私の中で「数秘ってそもそも困った時に解答を得るものなのだろうか?」という謎が生まれました。

 長く鑑定をしていくうちに、だんだんと芽生えた「生まれた日は偶然ではないのでは?」という憶測がこのところ確信めいてきました。何らかの「意思」が働いて私たちはこの日に生まれて来たという確信です。そんな符合や偶然の一致がたくさんあったのです。つまり

私たちの誕生には何かしらの「こう生きなさい」という「意思」があるのではないか?

なんだか凄い話になってきましたね。

 そう仮定して考え直してみると、数秘は私たちに希望を託してくれているのではないか?と思えてきます。ダメなところを直すとか自分の不幸を回避するとか、そういうネガティブなことではなくて。
 名前は人間に授けられる初めてのプレゼントだと言います。しかし、それよりも前「おぎゃー」と生まれた瞬間に「意思」が私たちに「希望」を授けてくれたのではないか?という気がして仕方ありません。

 私たちは自分の弱点にフォーカスするのではなく、まず自分に授けられた「希望」を知るべきだろうと思います。ここまで来て、かつて拙著『自分を知る本』の前書きに書いた「つばめはつばめのように生きること、魚は魚のように生きることの素晴らしさ」を自分で再確認したように思います。もっと広く深い意味を込めて。

 自分に授けられた希望を読み解くのは少し難しいかもしれません。この1月から【数秘で運命を知るセミナー】でみなさんの授けられた希望=運命を言語化する展開を始めたところです。興味がありましたらぜひおいでください。
 しかしセミナーに参加しなくても「自分の数秘上の特性をすべて良きものとして捉える」ことで大まかなビジョンが浮かんでくると思います。

 数秘術は統計値だと思って初めた鑑定術ですが、やっぱり何かしら未知の「力=意思」が働いているのだなと今さらながら感じています。それはとても幸せな発見だったと思います。
では、また来週!

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